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感謝 [心景]





A 夕空 01.JPG



十月一日(木) 撮影



平凡な日常にあって、
ふと美しい空と出会う。

出勤前の慌ただしい中、
手を休め一枚の写真を撮る。

食卓の前に空を広く眺める事の出来る掃き出しの窓、
傍らには一台のカメラが常に置いてあり、
気に入った空が広がると写真を撮る。
雑事に追われた生活の中で得るゆとりの時間。
それは私が持ち合わせる小さな幸せ。

空を眺める事の出来る場所に居を構え、
四季様々な空を眺めては、
幸せなひとときを得る。
写真を撮る事により、
空を眺めては美しいと感じる心を持ち合わせたこと、
偶然なこともあれば、
長い人生で身に付いた感性によるものある。

こうしたささやかな幸せに感謝する事を忘れることなく、
これからもこうして空を眺めて生きたい。










妻有 [心景]





 越後妻有 大地の芸術祭 2015 五日目




今年開催された「越後妻有 大地の芸術祭 2015」。
今年はしっかりと鑑賞しようと、
事前に購入したガイドブックを元に、
鑑賞したい作品を選択したところ、
五回は足を運ばないとその全てを鑑賞する事が出来ないと判明し、
開催二日目から夏の越後妻有へと足を運ぶこと五回目は、
九月十三日の日曜日の芸術祭最終日に出掛けました。




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この日最初に訪れたのは、
芸術祭の核となる十日町市の南隣、
信濃川を渡った旧川西町にある小さな一軒家でした。
ここには女性日本画家の作品が展示されています。












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〔02〕


障子に描かれた水紋。
柔らかな光に浮かび上がるその姿は、
とても爽やです。












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〔03〕


手を伸ばせば届くところにある自然物がモチーフとなっています。
その形や線から女性の感覚が伝わってきます。












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〔04〕


暗い家屋の奥に、
僅かに届く光。
屏風に描かれたが、
静かに浮かび上がります。












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〔05〕


田植え間もない水田でしょうか。
その苗の姿形がやさしく、美しく
そこを吹き渡る風が心地よく、
私の心の中を吹き抜けていきました。












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〔06〕


通路を挟んで床に置かれた作品は、
いずれも水面を描いたと思われます。
この空間を上手く取り入れた展示だと感心しました。












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〔07〕


その一方の水面は、
雨粒が落ちてできた水紋だと思いました。
水紋が交わる線の輝きに心惹かれました。












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〔08〕


女性特有の感覚。
優しさとか柔らかさを感じ取りました。
しっかりとした技術の下地と技法があり、
この芸術祭における現代アートと一線を画して、
正統な芸術作品でした。

古い家屋の空間を上手く使い、
様々な趣向による表現に、
私はすっかり魅了されてしました。

残念ながらこの画家は、
越後妻有で描く事を願いながらも、
一昨年、急逝しました。
画家の名は「田中 芳」、
越後妻有では卒業制作から晩年までの作品まで展示されていました。
ここ妻有里で初めて出会った画家の作品、
しっかりとした形で記憶に留めたいと、
会場で一冊の画集を手に入れ、
とても爽やかな気持ちでこの一軒家を後にしました。












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〔09〕


この日二つ目の作品も同じく、
旧川西町にある河岸段丘の坂道を登って行った先、
信濃川を望む高台にありました。












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〔10〕


竹で造られた作品がありました。
パターンを変形させる事で造形された通路。
出口の先には信濃川を望む展望が広がっています。












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〔11〕


子供が乗って遊ぶ事が出来るこのような午がたくさんありました。












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〔12〕


三つ目の作品はほど近いところにあるのですが、
一旦坂を下って、
再び坂を登って行きます。

こちらの作品は太陽の強い光を必要とする作品ですが、
残念ながらこの日は雨は降っていないものの、
薄曇りの空模様で、
影が出来るほどの陽差しは無く、
楽しみにしていた作品を鑑賞することが出来ませんでした。
この日は最終日ということで、
作家も現地に居て、
作品の説明をしていたのですが、
何せ夏の強い陽差しが無いので、
ビデオ使って説明をしていたのですが、
夏の光を得る事は出来ませんでした。












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〔13〕


この日四つ目の作品は、
信濃川を渡り、
十日町市の北東の山間にあります。
前回の芸術祭でも印象的だった作品が、
今回の芸術祭でも展示されることになり、
期待の高まる作品です。
前回同様、
このモグラが出迎えてくれました。











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〔14〕


「もぐらの館」。
嘗て小学校であった校舎全体を使ってアート作品が展示されています。












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〔15〕


「モグラ」が住んでいる土の中、
その土を題材にした作品が展示され、
学校が土の美術館と化しています。












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〔16〕


九組の作家、左官職人、写真家、陶芸家が土をテーマに、
様々な手法で表現をしています。












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〔17〕


それぞれの教室に、
様々な作品が展示されています。












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〔18〕


小さな方形に塗り焼かれた土。
作者の郷土と妻有の土を混ぜ合わせた土、
焼くときの温度の違いで様々な色に変化します。












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〔19〕


その色とひび割れの模様、
そして、縁取りの割れと欠けが、
様々な表情を生んでいます。












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〔20〕


土で造られた住居を模した中には、
その土で出来た建物の写真がありました。












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〔21〕


暗い空間の中に、
写真が浮かび上がるのは、
アフリカのマリにある、
日干しレンガを積み上げ、
土を塗られたモスクとのこと。
荒い土壁の隙間から漏れる光は、
まるで夜空の星のようです。












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〔22〕


作品は展示された教室だけではなく、
「モグラの散歩道」と名付けられた廊下も土に占領され、
床、壁、天井にも様々な物で覆われています。












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〔23〕


私にとっては、
こうした何気ない物体の存在が気になります。












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〔24〕


少し柔らかな光に浮かび上がる、
植物の線が気に入り、
何枚も写真を撮りました。












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〔25〕


このような波打つ布が廊下の天井を覆っていました。












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〔26〕


その先にある教室には、
糸を紡ぐときの糸巻き車がありました。
ここの床も植物に覆われていました。












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〔27〕


妻有の様々な草木で染められた布が巻き付けられていました。












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〔28〕


その布は様々な色に染められています。
その色の元はどのような植物だったのでしょうか。












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〔29〕


糸巻きが並び、
か細い骨格に布が巻かれた光景を覗き込みました。












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〔30〕


糸巻きの軸。
自然の中に於いてこのような金属は異質ですが、
その金属の輝きに心惹かれました。












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〔31〕


教室の片隅に、
一時の光が差し込んでいました。












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〔32〕


土の器に一握りの米粒。












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〔33〕


音楽室の床も植物で覆われ、
いくつかのオブジェがありました。












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〔34〕


ピアノの上に置かれた凹みのある球体。
それは球体の凹みなのか、
二つの物体の重なりなのか。












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〔35〕


別のオブジェ。
これは球体の凹み。












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〔36〕


ひび割れがあるので、
焼き物なのででしょうか。












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〔37〕


土の標本。
妻有、全国各地、そして世界の土が標本として展示されています。












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〔38〕


土の中には色々な痕跡があるようです。












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〔39〕


そこには様々な生体があったのでしょう。












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〔40〕


標本は土の断層。
地下をイメージした暗い部屋の中に、
それぞれに設えられた照明で標本が浮かび上がります。












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〔41〕


壁に垂れ落ちる土。
表現手法は多彩です。












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〔42〕


とにかく様々な作品がたくさん展示されています。












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〔43〕


自然光を利用した作品もあります。












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〔44〕


廊下のみならず、
階段室にも作品は展示されています。












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〔45〕


窓を黒い布で塞ぎ、
その布に透過する素材で造られた物体。












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〔46〕


透過する光に、
上手い具合にその質感が浮かび上がります。












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〔47〕


土の中に漏れる光でしょうか。
地中に居る感覚へと誘います。












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〔48〕


こちらでは、
冬に土に張った氷の質感を思い浮かべました。












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〔49〕


階段室の壁に投影されたプロジェクターの映像。
ちょっと室礼して自分の影を落として記念撮影しました。












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〔50〕


一通り作品を鑑賞して順路は体育館へ繋がっていました。
体育館の壁には、
小学生の作品が掲げられていました。
子供達の作品もしっかりと鑑賞しました。












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〔51〕

小学校付近の各集落の住戸数を表示する地図がありました。
過疎化に伴う
奥深い集落の減少数に、
学校周辺部の景色が思い浮かびます。












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〔52〕


この学校の体育館にも校歌の額がありました。
校歌にも地域の様子が浮かび上がります。












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〔53〕


ステージ膜に刺繍された校章は雪の結晶。
妻有は雪深い地域、
雪に埋もれたこの地を想い描きました。


この後、
一旦十日町市に行き昼食を摂り、
三つの作品を鑑賞しましたが写真は割愛します。












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〔54〕


この夏の芸術祭最終日も、
午後になると寂しくなります。
芸術祭の核となる十日町市を後にして、
いつもの帰路とは違う路を辿り、
初めて訪れるこちらもまた閉校した小学校に立ち寄りました。


ここは旧松代町にある旧奴奈川小学校。
ここは芸術祭の作品を展示させる為の空間としてだけでは無く、
地域の価値を実践的に学ぶ学校として生まれ変わっているとのこと。
閉校した学校が何だかの形で使われていく姿に、
少しだけ安堵します。

グラインドの片隅に、
校章をかたどった鉄筋コンクリート製の物体が建っていました。












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〔55〕


学校の昇降口を入った正面の壁には、
一面ベニヤ板が張られ、
そこに黒板の色を想い起こさせる緑色の塗装が施され、
そこに彫刻刀で妻有の山の姿が彫られていました。












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〔56〕


山の姿が一面に彫り込まれています。












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〔57〕


彫刻刀の様々な鑿跡が、
表情豊かに木々を現しています。












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〔58〕


木々の間から田圃を見る事ができます。












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〔59〕


近寄ってその鑿跡を見ると、
真っ直ぐ彫ったり、
曲げて彫ったりしていて、
その鑿跡の違いで表情豊かな画になっていることが分かります。












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〔60〕


その鑿跡に、
彫る人の息遣いを感じました。












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〔61〕


二階の教室。
南向きの窓に設えられた作品が展示されていました。












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〔62〕


素晴らしい発想。
上手い空間を創造していることに感嘆します。












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〔63〕


自分が芸術家でもないのですが、
この作品を見た瞬間、
何だか「やられた」と思いました。
空間構成のアイディアに、
学校にあった物を配置する演出の素晴らしさに、
この夏の芸術祭最後に大きな感動を得ました。












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〔64〕


この作品に魅了され、
たくさんの写真を撮りましたが、
冷静さを失ってしまい、
何処をどう撮って良いのか分からず、
ただ、ただ、シャッターを押しましたが、
上手く切り撮る事が出来ません。












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〔65〕


ガラスには表面加工が施され、
上手い具合に光が和らげられ、
物体の姿も柔らかく浮かび上がります。












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〔66〕


廊下を隔てた北側に面する教室の、
廊下との窓にも同じ手法の作品がありました。












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〔67〕


こちらは北側ということで、
強い自然光を得る事が出来ないため、
人工の光源により物体を浮かび上がらせています。












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〔68〕


こちらの部一体には液体が注がれていて、
その液体の姿が物体の姿と相まって浮かび上がります。












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〔69〕


こちらはガラスの凹凸模様がその映像に変化を与えています。












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〔70〕


透過するガラスに、
透過する物体を配置し、
液体がレンズの役割も果たし、
様々な表情を浮かび上がらせています。












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〔71〕


色の付いた物体もあり、
一様な色合いの中にその色が変化を与えます。












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〔72〕


不透過な物体もありました。












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〔73〕


曲面をすり抜けた光が、
影の輪郭に少しだけ漏れていました。












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〔74〕


別の部屋で出会った作品。
こちらは妻有で取れる作物を使っての作品でした。












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〔75〕


作物の実や種子を使っての作品です。












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〔76〕


細やかで、優しさを感じる作品が教室に展示されていました。












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〔77〕


こちらでは、
香港の中、高校生からの学生を受け入れ、
農業と触れる体験を行っているそうです。
香港は食糧自給率が低く、
これまで農業がほとんど進んできませんでしたが、
近年、農業の必要性を若い世代に浸透させようと、
香港の大学生が日本で農業と触れ合う機会を作ることで、
大学生がその必要性を知ることがあっても、
香港では大学生になってから進路を切り替えようと思っても、
制度上農業に進路を変えることが出来ず、
結果、農業に進路を取る若者が育たないため、
もっと若い世代から農業に触れさせようという試みを行っているそうです。
この夏も、香港の若者がここ妻有で、
日本の農業に触れ合った事を、
芸術祭が終わった後にしりました。












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〔78〕


片隅の教室に広がっていた世界。
夕暮れ近付く教室でのインスタレーション。
この不気味な世界に似合う自然光の演出の中で出会う事ができました。












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〔79〕


机や椅子が変形しています。












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〔80〕


椅子が歪み、
宙に浮いています。












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〔81〕


机が床に埋もれています。












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〔82〕


本も床に埋もれていました。












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〔83〕


残念ながら芸術祭最終日も、
昼頃から雨が降ってきてしまいました。
五回足を運んで天気が良かったのは最初の日だけで、
後の四回は全て雨に見舞われました。

夕方五時少し前。
芸術祭も終わる時間が迫ります。
ふと見た窓の外、
薄暗くなってきた集落に、
芸術祭会場の照明が窓硝子に映り浮かび上がっていました。












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〔84〕


窓を開けて外を見ると、
小さな池に雨が落ちていました。
この日最初に出会った、
画家の水紋を思い出しました。













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〔85〕

暮れゆく学校の側にある、
集落をしばらくぼんやりと眺めていました。

芸術祭が終わる喪失感、
暮れゆく雨模様の冷ややかな空気、
雨に見舞われた残念さ、
家から遠く離れた場所で向かえる夕暮れの寂しさなどが相まって、
歳甲斐もな感傷的な心になっていました。












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〔86〕


雨に濡れた芝生の色が心に染み入ります。

予定では、
この後、古い家屋一軒の内部を隅から隅まで彫刻刀で彫った作品、
「脱皮する家」を見に行く予定でしたが、
予定時間を超過してしまい、
この旧奴奈川小学校がこの芸術祭最後の鑑賞作品となってしまいました。
もう一度見たいと思っていた「脱皮する家」は、
宿泊所として残っているので、
いつかまた訪れる事が出来ます。
正直に言うと、
ここはガイドブックでは立ち寄る事が出来れば良いと思っていたのですが、
思い掛けず素晴らしい作品に出会う事ができたので、
立ち寄ったことに満足する事ができました。












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〔87〕


背景の山に流れる靄。

この芸術祭に撮った最後の写真です。




九月十三日(日) 撮影




この夏の「越後妻有 大地の芸術祭 2015」、
計画的に足を運ぶ事ができたので、
十分に堪能することが出来ました。

芸術祭に足を運ぶには、
車を使うので、
往復約150キロから200キロのガソリン代が必要ですが、
観賞用のパスポートは、
どの作品、会場も1回に鑑賞に限りますが、
1名分3、000円ですから、
これだけの作品を鑑賞して3,000円ですから、
入場料としては破格と言えるでしょう。
また、小学生以下は無料ですから、
子供を連れて鑑賞しても懐が痛むことが無く、
幼少の子供から現代アートに触れ、
何かしら感じ取る体験ができるので、
親としても好都合ですし、
現代アートを楽しむ底辺が増え、
いずれ作家が生まれる事を期待しての、
主催者側の取り計らいを歓迎します。

五日目の記事は二回に分けて仕立てようと思いましたが、
年内に更新する見込みが無くなったので、
大量の写真となりますが一つの記事にまとめました。
長い記事にお付き合い頂きありがとうございました。

さて、年内の記事更新もこれで終わりになりそうです。
今年一年、
特に後半は週に一度のブログ更新となってしまい、
一年における記事の数はこれまでで一番少なくなってしまったようです。
夏の終わりから秋にかけて、
記事にはしていない写真がたくさんあるのですが、
年明けからもまた新しい仕事に着任するため、
雪消えまでは写真を撮る機会が少なくなると思われるため、
新年からはその写真を小出しに記事にして行きたいと思います。

明日一日仕事に行って仕事納めです。
天皇誕生日と昨日の二日で家の大掃除もほぼ終わりました。
この年末は早めに家の用事を片付け、
外出もせず、
家族揃って家でゆっくりとする計画です。

私的な記録用の写真ブログに、
今年もたくさん方からご訪問頂き、
多くの方から稚拙な写真をご覧頂きました。
めいめいには申し上げる事が出来ませんが、
この場をお借りしてお礼申し上げます。
また、皆様方にとって新しい年が、
良い年になる事が出来ることをお祈りいたします。










妻有 [心景]




 越後妻有 大地の芸術祭 2015 四日目



芸術祭に出掛ける事四回目の四日目。
この日も生憎の雨模様となってしました。
一回くらいは妻と二人で作品巡りをしようということで、
この日は平日に代休を取得し、
娘を幼稚園に送り出してから妻有へと向かいました。

この日最初の作品は、
今回の芸術祭に於いて私が期待していた作品で、
ここはじっくりと鑑賞しようと、
何度も前を通っていたにも関わらず、
妻と二人だけで出掛けるまで見送ってきた作品です。

開場時間の10時少し前に到着し、
車の中からカメラを取り出そうとしたところ、
積んだはずのカメラ一台が見当たりません。
出掛ける前の慌ただしさに玄関先に用意していおいたカメラを、
積み忘れて来たのです。

芸術祭ではいつもの撮影と同じく、
一眼二台にそれぞれ広角と望遠ズームを付け、
レンズ交換のストレスがないように撮影していました。
この日広角ズームを装着したカメラを忘れてきてしまったので、
望遠ズーム一本のみでの撮影となってしまい、
大きく落胆しました。
その上に、この日も雨。
カメラを忘れたことと相まって撮影意欲は消沈しました。




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〔01〕

この日最初の作品は、
嘗て医者が住んでいた家屋で繰り広げられるアート作品です。

二階廊下の突き当たりにある窓からの眺め。
展望は開けていないが、
杉の木が真っ直ぐに伸びる幹と、
緑色に茂る葉の色合いを、
窓枠で切り取りました。












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〔02〕


何やらとっても素敵な輝きがあります。












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〔03〕


数日前に見た、
同じような丸い小さな鏡を家中に貼り付けた作品を思い出しました。












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〔04〕


光を受けて輝く鏡。
光った鏡が映った鏡。
色を拾って輝く鏡。












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〔05〕

座りたいという椅子ではありませんが、
見ていて楽しい椅子です。












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〔06〕


実は、この作品は、
今回の芸術祭の為に造られた新しい作品で、
ガイドブックにも大きく取り扱っていて、
巻頭を飾る特集ページにも紹介されていて、
その作品の金属質の質感と造形が、
嘗て医者が住んでいた家屋を使って展示されているとのことで、
その作品の意図と空間の関係性に興味を持ち、
何よりもそこにある写真に心惹かれ、
私としては一番期待度の高い作品であったのです。

そのガイドブックに出ていた作品がいつ出てくるのかと期待を込めて、
医者であった家屋の部屋を進んで行くのですが、
なかなかその作品の部屋に辿り着くことが出来ません。
途中からこの家屋の一体どこにあのような作品を展示する空間があるのだろうかと、
不思議な気持ちを抱いていましたが、
終ぞ、あのガイドブックに出ていた作品に出会う事がなく、
最初の写真を撮った廊下に行き当たり、
ここにはガイドブックに出ていたあの作品が無いことを知りました。

つまり、あのガイドブックに出ていた作品の写真は、
作家が以前発表した、
作家を紹介する際の代表的な作品として掲載されていたのです。
私の勝手な思い込みかもしれません。
もしかすると現代アートに興味を持つ者であれば、
誰もが知っている作家とその作品なのかもしれませんが、
誤解を招かない為の目立つような断り書きもないので、
恐らく私と同じような勘違いをされた方はいらっしゃると思います。
ここに展示された作品が全く良くなかったと言うわけではないのですが、
あまりにも期待が大きかっただけに、
私は随分落胆しました。

今回は、ガイドブックに他の作品が掲載されていて、
実際の展示会場では全く違った作品が展示されていたという場面が、
ここで二つ目となりました。
作品によっては芸術祭開催寸前まで作品製作を行っている場合があり、
ガイドブックの印刷には間に合わない事情は理解できたとしても、
以前の作品を大々的に掲載して、
芸術祭の目玉扱いする作家の紹介で、
展示されない作品を掲載することは避けた方が良いと思います。
別の作品を掲載する場合は、
その旨をはっきりと記載するべきだと思いまし、
次回からは十分注意してガイドブックを見たいと思います。












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〔07〕


望遠ズーム一本しかなく、
家屋の狭い空間に作品が展示されているので、
他の作品を写真に撮ることは諦めました。












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〔08〕


最初の部屋の作品は真っ暗な部屋の床に作品が埋め込まれ、
僅かな灯りの照明で照らされていたので、
撮影禁止でした。
仕方が無いので古い家屋の写真を撮りました。












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〔09〕


夏の風物詩の蚊取り線香も、
この日は雨降りで、
夏の面影が薄く、
線香は焚かれていませんでした。












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〔10〕


松ぼっくり。
意気消沈してカメラの操作も手に付かず。
思い通りに写真を撮る事が出来ませんでした。












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〔11〕


二つ目の作品。

残念ながらこちらの作品は撮影禁止です。
その理由は、
古い家屋一間を一階の床から屋根裏まで全ての床を取り払い、
真っ暗な一つの空間に下から上に時折吐き出される煙が立ち登るという、
繊細な作品であり、
撮影可能にしたならば、
きっと多くの人のフラッシュで作品が台無しになってしまうは容易に想像できるので、
私も撮影禁止の方が落ち着いて鑑賞する事が出来るので、
撮影禁止を不快には思いません












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〔12〕


仕方がないので、
その作品のある家の周りを撮影しました。












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〔13〕


丁度この時は雨が止んでいて、
葉の上に乗った雨粒の写真を撮りました。












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〔14〕


小さな池の蓮。
その水面に伸びる蓮の茎。












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〔15〕


前の作品の直ぐ近くにある、
小さな納屋の中に展示された作品です。
入り口に掛けられた紺色の地に白い繭が染められた暖簾が、
来場者を迎えてくれます。












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〔16〕


題名は「誰が袖」。
暖簾を潜り通路を進んだ先、
薄暗い空間に木彫りされていました。












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〔17〕


その先を曲がると小さな空間に、
斯様な着物と絹糸がありました。












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〔18〕


全く想像していなかった空間と作品に心惹かれました。












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〔19〕


他の鑑賞者が居なくなるのを待ちながら、
たくさんの写真を撮りました。












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〔20〕


この日、自分の失敗を始め様々な障害に、
作品の写真撮影への心が折れていましたが、
ここで少し撮影への意欲が湧きました。












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〔21〕


基本的に白一色。
そこにも様々な色と質感があります。












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〔22〕


そして、
諸処に様々な表情があります。












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〔23〕


川が流れるような印象。
光の扱いが繊細で美しい。












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〔24〕


露出を切り詰めて、
自分なりの印象で切り取ります。












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〔25〕


普段はあまり興味を持たない被写体なのですが、












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〔26〕


久し振りに美しい着物と出会いました。












A(4) 妻有 38.JPG
〔27〕


正直に言うと、
この作品は駐車場を挟んで前の作品と向かい合ってあり、
ここを訪れたのは前の作品に大きな期待を抱いて来たので、
一日の時間配分して鑑賞するのを止めようかと思っていたのですが、












A(4) 妻有 40.JPG
〔28〕


こちらは有名な作家の作品展示会場です。
恐らく小学校の分校と思われる小さな木造校舎展開される作品です。












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〔29〕


こうして紙工作が出来たなら、
きっと楽しいのだろうと思いました。












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〔30〕


窓枠に置かれた色鉛筆。
この日の雨に色が滲んで見えます。












A(4) 妻有 42.JPG
〔31〕


たくさんの画材がありました。
五歳の娘のように想像豊かな絵を描く心を持たない私ですが、
こうした色とりどりの画材が好きです。
嘗ては色鉛筆から透明水彩絵の具やパステルまで、
色々買い込んでは落書きをしたものですが、
ここ十数年はそのような事をする心の余裕がありません。












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〔32〕


縄を綯う機械。
いくつかの教室に、
いくつものモチーフがありました。












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〔33〕


廊下の床に引かれた白線。
六年間に訪れた時より、
廊下の板張りの光は鈍り、
劣化しているように見えました。












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〔34〕


近所の方が届けてくれたのでしょうか。
玄関先のバケツに花がありました。
こうした心遣いに心が温まります。












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〔35〕


日の当たる外壁一面を覆う朝顔。
夏の日射を遮り、
冷房の負荷を低減させるグリーンカーテンの走りのような気がしました。












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〔36〕


分校から急な坂道を歩いて登った先にある作品会場です。
そこには駐車場が無いため、
通常ならその坂道を歩いて往復するのですが、
数日前に雨でぬかるんだその坂道で女性が転げ落ちたということで、
この日は会場で当番をしていた男性から、
上には車で行くよう案内を受け、
本当は行く予定ではなかったのですが、
折角なので訪ねてみることにしました。












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〔37〕


家屋の外壁全面に、
点描のような絵が描かれていました。
これはどのようにして描かれているのか、
近寄って見るまではまったく分かりません。












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〔38〕


マグネットシートを切っては貼り付けるという作業から生まれる作品でした。
家の二階には、
全ての部屋の床、壁と全面鋼板が張られ、
訪れた人が自由にそのマグネットシートを使って絵を描いたり、
メッセージを書いていました。












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〔39〕


山間の鉄筋コンクリート造三階建ての小学校。
最近まで使われていた校舎でしょうか。
けれども、
私が芸術祭でこの学校を訪れるのは三回目ですから、
学校が閉鎖されてから少なくても六年は経っています。
体育館や、教室は作品展示のために、
一部改装されていますが、
そのほとんどは手付かずの状態で、
場所によってはつい最近までそこに、
児童がいたのではないかと錯覚を覚える場所があります。












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〔40〕


体育館のステージ脇の倉庫。
そこにはピアノと体重計が格納されていて、
ピアノの鍵盤蓋は開けられたままで、
白と黒の鍵盤が見えます。












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〔41〕


都市部の大きな学校ではないので、
それほど多くの児童の体重を量ってはいないのでしょう。












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〔42〕


教育目標もそのままに残っていました。
閉校になった学校ですが、
掲示物や備品などは、
結構残されていています。
体育館のステージを挟んで掲げられた校歌の額と、
この教育目標、
昔は簡素な目標だったと感じるのですが、
現在ではどのような目標が掲げられているのでしょうか。












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〔43〕


校歌の歌詞。
古い校歌の歌詞には、
地域の特色がふんだんに盛り込まれています。
この歌詞を読めば学校のある土地の姿を、
容易に想い描くことが出来ます。
最近は、こうした古くさい校歌が嫌われ、
新設校では近代的な校歌となっていますが、
自然溢れる田舎の学校では、
こうした歌詞が良く似合うと思う私は古くさい人間でしょうか。












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〔44〕


六年前に訪れた時は、
様々な作品で各教室が埋め尽くされていましたが、
前回からは「アジア映像館」と名付けられ、
アジアの作家による写真を主体に展示されるようになりました。

体育館の大空間は、
前回同様、
中国人による作品で、
大きなプリントが大空間を埋め尽くしていました。
そこには現在の中国の経済力を感じてします。

日本人の作品は、
校舎二階の教室に慎ましく展示されていました。
教室に展示された作品に合わせ、
教室を改装をしたり、
部屋の空間の大きさまで整え、
作品に合わせ照明を設えていたので、
展示空間の作り込みは日本人の繊細さがよく現れていると感じました。












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〔45〕


この日はカメラを忘れ、期待した作品に出会う事が出来ず、
その上に度重なる雨に見舞われ、
好きな写真を見ていても心定まらず、
名の知った写真家の写真も展示されていましたが、
心動きませんでした。

この写真展示で自分の好きな写真を、
記憶を留めるために撮りました。












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〔46〕


大きな紙にインクジェットで印刷された写真でしょうか。
屋上の手摺りに無造作に貼り付けてありました。
夏の雨に濡れ、
用紙が水分を吸い込み歪んでいます。
印刷された被写体が雨に流され、












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〔47〕


二階まどから見下ろした作品。
校舎向かいの敷地の崖にも、
簡素な杭とベニヤ板に写真が展示されていましたが、
ここもまた露天のため、
写真が歪んでいます。
こうした展示方法が作者の意図なのでしょうか。












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〔48〕


三階窓から見下ろした作品。
その背景には朽ちた廃屋。
廃屋と新しい写真が朽ちていく二つの姿が印象的な光景でした。

自分の住んでいた家が跡形もなく無くなる事は寂しいけれど、
こうした形で残っていることはもっと寂しい事だと思いました。












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〔49〕


廊下で定番の鏡に映る自画像。
この鏡に自分の姿を映すのも三回目。












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〔50〕


時計は8時27分で止まっています。
三年後もここへ来てこの鏡に、
自分の姿を映す事はあるのでしょうか。



九月七日(月) 撮影



三年に一度開催される大地の芸術祭、
この芸術祭は我々夫婦が楽しむ事は勿論ですが、
この芸術祭を通して娘にも現代アートに触れて、
何かを感じ取って、
何かしらの感性を身につけて欲しいと思い、
娘が興味を示しそうな作品を選び、
娘を連れて行ってますが、
大人だけでじっくりと鑑賞したい作品もあるので、
今年は五回の内一回は夫婦二人で出掛けようと計画していました。

開催直後、七月の終わりに出掛けた初日は夏らしい晴天に恵まれましたが、
その後二日目、三日目と雨に降られ、
期待を込めたこの四日目も残念ながら雨に降られてしまいました。

初日にもメモリーカードを忘れるという失敗をしていましたが、
この日はカメラとレンズを忘れるという失敗をしてしまいました。

そのような訳で、
この日は写真を撮る気力を失ってしまい、
作品を落ち着いて鑑賞する事が出来ませんでした。
予定していた時間も超過し、
計画していた昼食処も定休日で、
遅い昼食を食べた後は作品鑑賞を止め、
雨の中帰路に着きました。



    *



今年も残す日曜日はあと二日。
大地の芸術祭記事も五日目を残して年末が迫ってきました。
現在仕事が忙しい上に、
年末は何かと忙しいので、
写真整理の済んでいない五日目の記事を仕上げ、
年内に記事を更新することが出来るかどうか分かりませんが、
何とか芸術祭記事を年内に更新したいと思います。
本記事も、文章の推敲をする時間がありませんので、
誤字脱字などはご容赦下さい。











妻有 [心景]





 越後妻有 大地の芸術祭 2015 三日目 (その二)




夏の最中に開催される大地の芸術祭、
これまでの記事で何度も書きましたが、
今年、私が出掛ける日は天候に恵まれず、
この日も朝から小雨が降っていました。
途中松之山では霧に包まれ、
夏とは思えない景色の中を山越えをして津南へとやってきました。
天候が悪くても、
昼食には出掛けた先の美味いものを食したいという願いを叶えるため、
出掛ける前には食事処の目星を付けて出掛けるのですが、
この日は津南名物の妻有ポークのかつ丼などを食べる目論見でしたが、
目当ての店は12時前というのに既に店は満席の上並んでいる人もいて、
時間の限られた作品巡り故、
この日はかつ丼を諦め近くの蕎麦屋で蕎麦を食しました。
残念ながら店構えに合った蕎麦を食べる事が出来ず、
空模様と合わせ意気消沈。
食後は気を取り直して途中で見かけた造り酒屋に立ち寄り、
期待の出来そうな日本酒を買い込み午後の作品巡りへと出発しました。




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〔01〕


造り酒屋から十数メートル。
あっという間に目的の作品会場に到着しました。
しかし、到着したと同時に雨が本降りとなりました。

こちらの作品は、
嘗て旅館だった建物を使って展示されていて、
玄関は営業されていたそのままなので、
受付もフロント風情。
案内されるままに右手の廊下を進むと、
ピンポン球のような球が空間を滑るように転がっているという、
不思議な空間が広がっていました。
目立たないテグスを二本、緩やかに傾斜を付けて張り、
その上をピンポン球が転がっていくという仕掛けが縦横無尽に転がるように張り巡らされ、
緩やかにいくつものピンポン球が転がっている光景は見ていて飽きることがありません。

その発想や仕掛けに感服し呆然と眺めるのですが、
その光景を上手く写真に撮ろうという思いが、
昼食と天候による気落ちからカメラを操作する意欲が湧かず、
シャッターを押せどまともな写真を撮る事が出来ず、
皆様にこの作品を伝えることが出来ない事が残念でなりません。












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〔02〕


廊下に洗濯ばさみで留められているこれらの物体は一体何なのか。
ピンポン球の転がる脇にある扉を開けて部屋に踏み入るとその答えが分かります。












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〔03〕


その部屋にはこのような影絵が繰り広げられていました。












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〔04〕


様々な絵柄が白い布に映し出されています。












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〔05〕


影絵の仕掛けはこのようになっています。












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〔06〕


光源の周りに絵柄のプレートが吊らされ、












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〔07〕


勢いよく回転しています。












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〔08〕


私がこの影絵の空間で感じた事は、
影絵の仕掛けやその絵柄のおもしろさ以上に、
この部屋が旅館の大広間であり、
嘗ては地元の人の結婚式披露宴などが繰り広げられた場所であることが、
影絵の仕掛け以外にはそのそつない装飾に一切手が加えられて居らず、
現代アートとの一切関係性のないその点です。
カーペットに染みがあったりして、
この場所での時間と冠婚葬祭の宴、
そして衰退したこの旅館の現状。
現代アートの作品を楽しみつつも、
何か心を動かされる姿がそこにありました。












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〔09〕


記念に自分の姿をその影絵の布に映しました。












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〔10〕


会場の案内に従い嘗て旅館だった二階へと導かれました。












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〔11〕


二階は宿泊する客室がいくつかあり、
それらの部屋はまだ古びてはおらず、
最近まで営業されていたことが窺えます。












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〔12〕


その客室にそれぞれ現代アートの様々な仕掛けがありました。













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〔13〕


そのひとつの部屋で記念写真をとりました。












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〔14〕


二階の作品鑑賞を終え、
再び一階へと降りる階段にて。
壁に貼ってある写真は、
地元の子供が変装した顔写真のようです。












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〔15〕


玄関フロントを通り過ぎ、
左奥へと導かれ、
この会場の目当ての作品を鑑賞します。

そこには「Light Book 北越雪譜」という作品が展示されています。


北越雪譜』(ほくえつせっぷ)は、江戸後期における越後魚沼雪国の生活を活写した書籍。初編3巻、二編4巻の計2編7巻。の結晶のスケッチ(雪華図説からの引用)から雪国の風俗・暮らし・方言・産業・奇譚まで雪国の諸相が、豊富な挿絵も交えて多角的かつ詳細に記されており、雪国百科事典ともいうべき資料的価値を持つ。著者は、現在の南魚沼市塩沢で縮仲買商・質屋を営んだ鈴木牧之1837年天保8年)に江戸で出版されると当時のベストセラーとなった。
〔※Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E8%B6%8A%E9%9B%AA%E8%AD%9C)より転載〕



真っ暗なそれほど大きくはない二間続きの和室に、
小さな机の上にやや大きな「北越雪譜」が置いてあります。
天井から一灯の明かりによりそのページが照らされています。












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〔16〕


そのページを開き、
絵柄のページが出てくると、
不思議なことにその絵のページから光による雪の結晶が浮かび上がってきました。










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〔17〕


浮かび上がった雪の結晶は、
本の前方上に向かって移動して行きます。












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〔18〕


別の絵柄のページを開くと、
今度はそこに描かれた人物などが浮かび上がってきました。












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〔19〕


こちらも同じように、
本の前方、上に向かってその絵が登っていきます。












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〔20〕


ページを素早く捲ると、
雪の結晶と登場人物が一緒に浮かび上がり登っていきます。












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〔21〕


本のページと何かの装置が連動していて、
絵柄のページを開くとこうした光の絵柄が浮かび上がるようです。












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〔22〕


その仕掛けが面白く、
何度も何度もその本のページを捲っては、
たくさん写真を撮りました。












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〔23〕


この真っ暗な空間に光の絵柄が登っていく仕掛けは見事です。












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〔24〕


左側からその光の絵柄が登っていく姿を見ます。
本を開く者から見る事が出来る光の絵柄の下に、
もう一つ光の絵柄が映っている事が分かります。












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〔25〕


その仕掛けは、
本の前方にはその存在を希薄にする為の薄い布が張られていて、
その布に光の絵柄が映し出され、
薄い布を透過した絵柄が床の畳の上にも映っていたのです。












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〔26〕


右側から見るとこのようになっています。
薄い布は押入の襖に辿り着き、
畳を這った光の絵柄は最後はその襖に映ります。












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〔27〕



本から浮かび上がった光の絵柄が登り詰めるその先には、
そのページの題名でしょうか、
ここにも光の文字が映し出されます。












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〔28〕


この仕掛けの部屋の左手には障子窓があり、
時折この障子窓に雪が降る姿が映ります。












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〔29〕


黒い障子窓に映る白い雪は、
実際にはある姿ではないのでしょうが、
この真っ暗な空間に設えられた「北越雪譜」には、
とてもよく合う演出で感動しました。


嘗て旅館であった建物を使っての現代アート展示、
様々な仕掛けと出会う事が出来ました。
作品鑑賞を終え外に出ると土砂降りの雨。
この後この日一番遠くへ行かなければならないので、
心は沈み込みます。
予定時間より少し遅れていたので、
屋外展示の作品はいくつかを諦め、
清津峡へと向かって出発しました。












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〔30〕


清津峡にある嘗て小学校であった体育館。
大地の芸術祭の作品倉庫として改修工事を行い、
芸術祭期間中は、
そこにも作品を展示してありました。







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〔31〕


公式ガイドブックの写真では、
その改修工事により、
アート作品を展示する為のスペースに相応しく、
四面の壁はコンクリート打ち放しとなり、
その空間自体に興味を持ち、
この芸術祭に於いては自宅から一番遠い場所ですが、
足を運びました。



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〔32〕


実際に訪れたこの倉庫、
ガイドブックで見て想像していた空間とは違い、
思いのほか狭い空間でした。
考えてみれば山奥の小さな小学校の体育館ですから、
私が勝手に勘違いしていただけなのです。












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〔33〕


こちらの会場の駐車場は、
体育館の前にある嘗てグラウンドだった場所。
当然雨が降るとぬかるみとなり、
車を降りると足場の悪いところを歩かないといけません。
この会場だけではなく、
多くの会場は土の駐車場があり、
ひとたび雨が降ると車のタイヤは泥だらけ、
履き物は汚れ心は乱れ、
作品鑑賞の気持ちが落ち込みます。












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〔34〕


ここに到着した時も、
雨はしっかりと降っていて、
多くの人の履き物は泥だらけでした。
私は防水の効いたスニーカーを履き、
娘は長靴を用意してきたので、
幸足回りは酷いことにはなりませんでしたが、
多くの人は履き物がずぶ濡れとなっていました。












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〔35〕


車からカメラを持って降りる事が億劫になり、
しっかりとした写真を撮る事は諦めました。
ここからはコンパクトカメラ一台を携えての作品鑑賞となりました。












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〔36〕


体育館を作品保管と展示の為に
















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〔37〕


体育館を作品保管と展示の為に改修された空間に、
思っていたいたよりもしっかりとした作品が展示されていました。












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〔38〕


薄暗い空間に作品が静かに座していました。












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〔39〕


黒い炭。
外が暗ければ、
作品も暗い。












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〔40〕


心がざわめきます。












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〔41〕


時間に制約があり、
時計を気にしての作品鑑賞でした。
天候の具合が悪く、
心は沈み落ち着いて作品鑑賞ができません。
八月のまだそれほど遅い時間ではないので、
外は薄暗く、
時間を気にして雨中の路を運転し、
いくつかの山越えをしての帰路を考えると、
一層心は沈むのでした。












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〔42〕


この日予定していた作品は一応すべて鑑賞し、
帰路にいくつか立ち寄り鑑賞できれば良いかと思っていましたが、
天気が悪く、
大地の芸術祭でも有名な作品の直ぐ脇を通っても、
車を停めることなく脇目に見るだけで帰路を急ぎました。












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〔43〕


そんな中で、一つだけ意を決して立ち寄った作品は、
一筋の川の脇にある鉄を使っての作品でした。
作品を展示したスペースは白い砂利が敷き詰められ、
空間を仕切るように鉄の壁が設えられていて、
その赤錆色の壁で仕切られた空間には、
いくつかの室礼があり、
その感覚がよく伝わって来るのですが、
制作されてから数年経ていて多少作品に衰えが見られ、
更に生憎の雨と風で枝葉が散乱している様に、
作品本来の美しさや意図が薄まって目に映ります。


ここには、
川に向かって大きなタイヤがチェーンで吊り下げられたブランコがありました。
この日は天候に恵まれず、
快適な作品鑑賞とはなりませんでしたが、
娘は疲れも見せず、
そのブランコを楽しそうに乗りはしゃいでいました。
親の沈んだ心には、
その笑顔がせめてもの救いであり、
宥めてくれるのでした。




八月三十日(日) 撮影



さて、年内仕事に追われ、
ブログの記事を仕立てる時間がありませんし、
写真を撮る暇など全くありません。
きっと年内に芸術祭の記事を完結させる事は出来ないでしょう。
ということで、
本記事も写真を選択し、
ここまで文章を書く添えるのがやっとです。
推敲なしの書き下ろし、
文章の意味不明、
誤字脱字はどうかご容赦下さい。






妻有 [心景]




 越後妻有 大地の芸術祭2015 三日目 その一)



大地の芸術祭の記事は、
芸術祭に初めて訪れた2009年からブログに記事にて、
今年で三回目となりますが、
これまでの記事でも何度か書いていますが、
この芸術祭のイメージの一つに、
「夏の太陽の下、大地を駆け巡ってアート作品を見て回る」というイメージを私は持っていて、
実際にこれまでの芸術祭でも、
夏空の下を暑い陽差しに照らされ、
汗をかきながら見て回りました。
ところが、
今年の芸術祭では、
どうした巡り合わせか、
週末の天気が悪く、
私が出掛ける日は中々青空が顔を見せてくれません。
夏の強い陽差しは、
私が抱く芸術祭のイメージと関わりあいだけでなく、
強い光を扱って表現する作品もあり、
閉校となった学校の教室や体育館や、
山間の空き家という空間を利用して作られた作品は、
やはり、太陽の光があることで輝きを放ち、
見る者の心を惹きつけます。

この日、三回目の訪問でしたが、
二回目同様、
空は曇に覆われ、
時折雨が降るという、
おおよそ夏とは思えない残念な天候でした。




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〔01〕


「最後の教室」。
大地の芸術祭で好きな作品の一つ。
毎回足を運んでいますが、
廃校となった小学校の校舎と体育館全体を使っての作品。
見る度にその作品の持つ力を感じ、
感動が薄れることがありません。












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〔02〕


作品鑑賞は体育館から始まります。
さすがに、床に敷き詰められた「藁」の匂いは薄れ、
雨で気温が低いこともあり、
体育館に立ち籠める匂いはありませんでしたが、
この真っ暗な空間に緻密に設えられた仕掛けが見事です。












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〔03〕


体育館から校舎1階の廊下へと進みます。
ここも真っ暗な空間の天井には、
裸電球が連なっています。












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〔04〕


廊下の突き当たりには、
換気扇のような大きな羽が回っていて、
その裏に仕掛けられた照明から発せられる強い光に、
羽の影が廊下に回転しています。












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〔05〕


その廊下を歩く人の姿は、
まるで異次元を目指して歩いているようです。












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〔06〕


廊下を突き当たり振り返ると、
往事の学校の設いが光を受けて浮かび上がっていました。












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〔07〕


校舎の二階からは、
人間の心臓音を想像させる大きな音が聞こえてきます。
その二階の一室。
ここも薄暗く、
ようやく部屋の中が見えるほどの暗さ。
ここでも裸電球が空間の光を支配しています。












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〔08〕


裸電球は、
この作品において重要な意味を持つもの。
それに心惹かれ、
行く度に写真を撮っています。












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〔09〕


自分なりに、
その裸電球を美しく撮りたいと、
何枚も、何枚も写真を撮りました。












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〔10〕


二階の嘗て教室だった部屋には、
プロジェクターが投影されていて、
空間を仕切る樹脂製の布にその光に、
裸電球の影が映っていました。
プロジェクターの映し出す模様と、
裸電球の輝きに心惹かれ、
前回の芸術祭でもたくさんこの場面で写真を撮りました。












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〔11〕


そのプロジェクターの光源を、
裸電球を透かして見つめました。
不思議で素敵な色が裸電球のガラスに映っていました。













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〔12〕


三階の部屋には、
白い布が敷き詰められ、
棺桶を想像させる形と大きさの透明な樹脂製の箱が並んでいます。
そこには目に見えない遺体が横たわっているように思えてきて、
この作品に対する恐怖感が深まります。












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〔13〕


ここにも空間を仕切る樹脂製の布があります。
私はその樹脂製故の光具合に心惹かれ写真をとりました。
作品の主題よりも、
こうした物体に心惹かれ写真に撮っては、
私自身の作品に対する記憶にしています。












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〔14〕


三階の廊下にも、
一列に並んだ、弱く灯った裸電球。
作品全域において裸電球は重要な存在であり、
私は何度訪れてもその裸電球の写真を撮るのでありました。












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〔15〕


この日二つ目の作品。
手元に資料がないのでいつの地震だかわかりませんが、
ある地震により発生した地滑りの後に築かれた堰堤です。
通常の堰堤は、
膨大なコンクリートにより築かれますが、
ここではコンクリートではなく、
土砂を利用した堰堤です。












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〔16〕


大きな円筒形が四基並んでいます。
この土砂を詰めた円筒形で水の流れを調整しています。












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〔17〕


その円筒形の外側を覆うのは鋼矢板です。
松之山から津南へ向かう道の遠くから、
この堰堤を目にした時の、
この形、大きさ、発想に驚かされました。
そして何よりこの鋼矢板、
私は木の肌に見えたので、
堰堤の近くに寄って鋼矢板と分かったときには、
諸々のこの堰堤の仕掛けや考え方が解けた想いに至りました。












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〔18〕


堰堤を下から眺めると、
上端を覆うように夏草が生い茂っていました。
その緑色がきれいで、
鋼矢板の錆色との対比が美しく、
また、大自然の中に突如現れた鋼矢板の冷たい物体の存在を和らげる色に見えました。












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〔19〕


山肌に設置された仮設の階段を登っていくと、
この堰堤を上から俯瞰する事ができます。
下から見ていたときは分かりませんでしたが、
天端がコンクリートで固められた堰堤がありました。












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〔20〕


堰堤は四基の円筒により水を堰き止め、
普段はその僅かな隙間から水が流れ落ちています。
大雨で水量が多くなったときは、
天端がコンクリートで固められた堰堤を超えて大量に流れでる仕組みとなっています。
ですから、天端が一段低いこの堰堤の天端はコンクリートで固められているのです。












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〔21〕


堰堤を上方からみた全景。
四基の堰堤がならび、
その機能がよく分かります。
脇を固める堤防の上に並ぶ黄色い支柱は、
地滑りで土砂が流れ出た位置をしめしていて、
堰堤を挟んた対岸にも並んでいました。












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〔22〕


その黄色い支柱の上には、
灯具が設置されているようです。
配線などないので、
きっと昨今性能の良くなった太陽電池を供えた灯具なのでしょう。
夕暮れに見る事は叶いませんでしたが、
興味のある仕掛けです。












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〔23〕


発想や機能、自然に対する考え方、寄与する工法は理解出来るのですが、
私にはよく分からないのが鋼矢板の耐久性です。
外側は風雨に晒され、
内側も常に土砂に含まれた水分があり、
矢板の継ぎ目からはその水が流れ出ていました。
腐食の進行はどの程度で、
土砂を堰き止める為の体力は何年持つのだろうかという疑問です。
これだけの構造物を造るのだから、
専門家がしっかりと耐久性を計算しているのだろうから、
崩壊する事はないのだと思うのですが、
何かしら心配になりました。

(※堰堤の機能などについては悪までも私個人の考えなので間違っている記載があるかもしれません)












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〔24〕


松之山から津南へ向かう道を下って行き、
突き当たりのT字路を右折し、
津南に向かい車を少し走らせ三つ目の作品を鑑賞しました。
小学校の隣にある嘗て保育園として使われていた建物。
その空間全体を使っての作品です。
二階建ての保育園の保育室から堰堤まで、
写真にあるような板がずっと巡らせてあり、
それは一つの環になっています。







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〔25〕


それぞれの場所でその板に仕掛けがありますが、
二階のこの保育室では、
色とりどりのアルバムが置いております。












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〔26〕


子供の居なくなった建物ですが、
まだ古びた感じはなく、
床はまだ光り輝いているので、
最近まで使われていた保育園でしょうか。
子供が減り、
子供の声を聞くことのなくなったこの空間は寂しいものです。












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〔27〕


そしてアルバムの前には園児が座る小さな椅子があります。
その小さな椅子に座って、
アルバムをそっと広げ、
写真を見ていきます。












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〔28〕


そこにはこの保育園がある地域に住む人達の写真がありました。
今では過疎や少子化できっと地域の人口も減っているのでしょうが、
どのような土地にあっても、
人々のこうした記念写真には良い表情があります。
中には、その写真の背景にある事情などを勝手に想像してしまい、
古い時代にあった悲しい事情などが浮かび上がり、
胸にこみ上げてくるものがあります。












A 妻有 07.JPG
〔29〕


小さな部屋にも板の環は繋がっています。
南向きの小さな部屋には園でも小さな子供達がいたのでしょうか。












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〔30〕


その小さな部屋の黒板には、
ここを訪れた人による落書きで埋まっていました。
廃園となったこの保育室の黒板に、
私は落書きをする気持ちには至りませんでした。












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〔31〕


更に小さな空間。
裸電球が一灯点き、
小さな机がありました。

廃校、廃園。
嘗て子供達の声が響いていただろう空間が、
芸術祭の作品により、
表面上からは寂しさを感じる事はないのですが、
一人そこに佇み嘗てあっただろう光景を想い描くと、
何だか寂しい気持ちになるのでした。



八月三十日(日) 撮影



天候に恵まれなかった芸術祭巡りの三日目。
本記事ではその午前中に訪れた作品です。

最初の作品は三度目で、
次の芸術祭でも行きたいと思うし、
年に一、二回は芸術祭とは関係なく公開しているので、
夏とは別の季節に一度ゆっくりと鑑賞に行きたいと思っています。

二つ目の堰堤は、
どの部分が芸術祭としての作品なのかよく分かりません。
現場では小さなプレハブの建屋で堰堤の詳しい説明がなされていましたが、
時間の関係で立ち寄る事が出来なかったので、
前にも注意書きをしましたが、
記述には間違っている内容があるかもしれません。
それにしても素晴らしい土木構造物に出会う事ができました。

三つ目の作品は、
正直に言うとほとんど期待していなかった作品で、
撮影下写真も説明的で自分としては記事にするかどうか迷いましたが、
芸受祭巡りを記憶に留める為書き綴りました。

芸術祭巡りにはガイドブックを手に入れ、
どの作品をどのように巡るか、
何せ、かなり広範囲に作品が点在しているため、
しっかりとした計画を立てないと効率的に作品を見て回る事が出来ません。
その計画を立てる中で、
ガイドブックに掲載されている作品の写真やイラストから判断して、
どの作品を見るか決めるのですが、
写真が掲載されている場合は、
その作品の実態に近い姿を見て判断する事ができます。
イラストの場合は、ガイドブックを製作する段階で、
まだ作品が完成されておらず、
場合によっては作品の構想を描いたものがあり、
芸術祭で公開される作品とは少々姿、印象が異なる場合があり、
思いもしない作品に出会い感動することがあれば、
想像していた作品とは全く印象が違う事があり、
この辺りは当たり、外れがあると心して計画する必要があります。
こうした、ガイドブックと作品の差異の最たるものは、
その芸術祭で公開される作品とは違い、
その作家の別の作品が写真として掲載される場合があります。
その作品を見ることが出来ると思い訪れると、
全く違った作品をそこで見る事があるのです。
今年の芸術祭でもそうした作品に二つ出会いました。
この日の三つ目の作品もその一つで、
写真とは全く違った作品でした。
写真の作品は嘗てに公開された作品で、
娘も少しは興味を持つかと思い立ち寄った作品でしたが、
娘はほとんど興味を示さなかったので残念でした。




    *



少々仕事が立て込み、
二回ほど日曜日更新のブログを二回休みました。
年末までの納期の仕事に携わっているため、
この後も更新が滞るかもしれませんが、
何とか年内に芸術祭の記事を完了させたいと思っています。










妻有 [心景]





 越後妻有 大地の芸術祭2015 二日目 その二




A 芸術祭2015(02-1) 32.JPG
〔01〕


壁面に描かれたかわいらしい絵。
台湾の絵本作家の作品で、
絵本で登場する主人公が描かれています。













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〔02〕


描かれているのはこのかまぼこ形の建物の外壁。
積雪の多い土地で多く設置される建物です。
屋根が円形になっていて軒先はなく外壁と繋がり、
屋根と外壁が一体になった形は豪雪地の積雪にも、
雪下ろしをしなくても耐えうる構造。
越後妻有での芸術祭を巡っていても道端でよく見かけ、
農舞台まつだいでは、
このかまぼこ形の建物をモチーフにした作品を見る事ができます。












B 芸術祭2015(2-2) 35.JPG
〔03〕


屋根の上にはこのようなフクロウがいます。
きっと絵本の物語りに出てくるのでしょうが、
残念ながら絵本を読んでいないので、
詳しいことはわかりません。












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〔04〕


かまぼこ形建物の妻面。
排煙口やエアコンの室外機も上手く絵の中に溶け込んでいます。












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〔05〕


建物の中に入ると、
プロジェクターで物語を投影されていて、
あの主人公もその映写を見ていました。












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〔06〕


彼とはまたきっと、
どこかで会えますよ。


5歳の娘の為に立ち寄りました。
何せ大人の趣味の作品ばかりを見て回っていたのでは、
娘も飽きると思うので、
この日は娘も喜びそうな作品を中心に行程を組みました。












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〔07〕


出掛けた先で、
全く関係のない照明器具などを、
こうして写真に撮るのはわたしの習性です。












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〔08〕


何やら強い視線があります。












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〔09〕


少女が立ちこちらを見つめています。












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〔10〕


背景にはシルクハットが浮遊していて、












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〔11〕


杉木立の中に不思議な空間が広がっていました。












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〔12〕


その傍らを通り過ぎて行くと、












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〔13〕


別の衣装を纏った少女が立っていました。












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〔14〕


それにしても不思議な空間に出会いました。
実はこの作品は、
次の作品への移動途中にあるもので、
途中立ち寄ってみようかという程度の思いでしたが、
不思議で、素敵な空間に触れ合うことが出来ました。











B 芸術祭2015(2-2) 52.JPG

〔15〕


外壁いっぱいに張り巡らされているのは「鏡」。








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〔16〕


大小組み合わせてほとんど隙間なく張り巡らされています。












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〔17〕


その鏡に近寄って見たり、












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〔18〕


その鏡に映る景色を覗き込みます。












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〔19〕


夏の終わりに秋を見付けました。












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〔20〕


たくさんの鏡が張られたその建物の中には、
このような世界が広がっていました。












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〔21〕


暗い空間の中で鏡を見つめます。












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〔22〕


建物の中の鏡は、床、壁とは平行に設えておらず、
微妙に傾斜しています。











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〔23〕


鏡に映る様々な世界。












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〔24〕


何処に焦点を合わせるかで見える世界が違ってきます。












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〔25〕


楽しい作品と出会う事ができました。
小さな建物のため、
人が建物の外、中とたくさんいて、
人が映り込まないようにするのが大変でしたが、
写真もたくさん撮りました。
残念だったのは、
天気が良くなくて鏡に青空が映らなかったこと。
そして、夏の太陽が照っていてくれたなら、
鏡も光り輝き私の好きな世界があり、
陰影の深い写真を撮る事ができたでしょう。












B 芸術祭2015(2-2) 72.JPG
〔26〕


再び彼と出会うことが出来ました。












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〔27〕



この姿勢はいったい。










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〔28〕


その後ろ姿。










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〔29〕


またしてもあのかまぼこ形の建物が出てきました。
彼はその建物に描かれた犬の上に乗り、
その犬に乗って駆け巡っているのでしょう。











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〔30〕


金網部分にくくりつけられたプレート。
そこに書かれた内容を読み取ることは出来ませんでしたが、
芸術祭の記念を記されていたようです。












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〔31〕


その中に広がる世界。












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〔32〕


浮遊しているのは、
少女が作るシャボン玉でした。












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〔33〕


様々な物体が浮かんでいます。












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〔34〕


周辺の自然界の素材を使ってのアート作品。












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〔35〕


強烈な色に光が相まって心惹かれます。












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〔36〕


影にも心惹かれます。












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〔37〕


影で広がる作品の別の世界。












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〔38〕


突き抜けてくる物体の力強さ。












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〔39〕


様々な色の波が押し寄せてきます。












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〔40〕


不思議な生命体。












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〔41〕


文章というか、
文字がたくさん並んでいます。












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〔42〕


文字そのものもアート。












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〔43〕


灯りの宿る作品。












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〔44〕


光と戯れる。











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〔45〕


かつて子供達の元気な声が響いていた学校の、
当時の姿がそのままで、
アート作品の中に残っていて、
そうした物に小学校時代の記憶が蘇ってくることもあります。

この日最後に訪れたのは山間部にある、
廃校となった小さな小学校の木造校舎でした。

ここは人気があるようで、
それぞれの教室に、
様々な作品があります。
子供達が自転車を漕ぐと音楽を奏でるからくりなどもあり、
カフェも併設されいるため、
多くの人が押し寄せていてました。

グランドの駐車場は常に満車。
駐車場出入りの誘導員もいて、
小さな集落の道路も車が連なり、
きっと迷惑しているのだろうと、
日曜日に出掛けた事を後悔していました。



八月二十三日(日) 撮影



越後妻有 大地の芸術祭を巡る二日目。
ほぼ一ヶ月をおいての訪問でした。
作品が広域に渡って展示されているので、
今年は五回で回る計画を立てていましたが、
娘が芸術祭に興味を持つことが出来るよう、
二日目は娘の気を惹き、
楽しむ事が出来るような作品を多く組み込みました。
親の思惑通りには行かず、
期待した反応がない作品もありましたが、
親は十分に楽しむ事ができた二日目でした。 












妻有 [心景]





 越後妻有 大地の芸術祭2015 二日目 その一




この夏の酷い暑さも和らいだ頃、
芸術祭が開催された二日目に松代へ行ってからすでに一ヶ月が過ぎようとしていた日曜日、
ようやく芸術祭に出掛けました。




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〔01〕


越後妻有 大地の芸術祭 における核ともいえる十日町市。
その街中にある「越後妻有交流館キナーレ」、
ここには美術館、レストラン、ミュージアムショップ、温泉施設などがあり、
また、併設された建物には土産物店、食事処があり、
芸術祭の期間中にはその中庭に規模の大きな作品が展示され、
常設の美術館と合わせアート鑑賞と、
旅の途中の食事や土産物を購入するにはとても重宝する施設であります。
本格的な芸術祭の作品鑑賞の旅、
その最初に訪れたのがここキナーレでした。














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〔02〕


キナーレを訪れたこの日、
夏でありながら時折雨の降る生憎の空模様、
心は暗く沈んでいました。


ここキナーレでは芸術祭の核となる作品展示がされます。
前回はこの場所に夥しい古着が中庭の池を埋め尽くし、
クレーンがその古着を掴み持ち上げては落とすという行為をただひたすら繰り返す、
そのシュールな光景に心惹かれたことを鮮明に思い浮かべたのがこの場所でした。










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〔03〕


本当はこれほどに明るい光景でした。
一枚目の写真は悪までも私の印象をそのままに写したものです。












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〔04〕


裏側を見せるのは意図なのでしょうか。
こうした画を見るのは刺激的ですが。












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〔05〕


空かの侵入者か。












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〔06〕


これは何者か。












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〔07〕


操られる糸があります。












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〔08〕


これは近いところにある時事問題なのでしょうか。


冒頭の山の周囲をこうした物体が浮遊し、
囲んでいます。












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〔09〕


先の作品の作者によるドローング。












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〔10〕


普通の描き方ではなく、
その勢いを感じます。












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〔11〕


私に取ってはこちらの平面的な表現が好きです。


もう少ししっかりと撮りたいと思うのですが、
大きな作品の為、
自分の思うように写真を撮る事が出来ませんでした。












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〔12〕


常設のミュージアムにて。


前回の芸術祭でも写真を撮った作品です。
好きな対象には何度でも心を開きシャッターを押します。












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〔13〕


一点を見つめます。












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〔14〕


素敵な作品に、












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〔15〕


私的に接します。












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〔16〕


こちらも常設のミュージアム。

各地の土が詰め込まれた小瓶がたくさん並んでいます。
この小瓶の並んだ光景が好きなのですが、
何せスペースが狭く、
一種通路のような所にこの作品があるため頻繁に人が通り過ぎます。
その上ケースのガラスに背後のガラスも映り込むため、
思うように写真を撮る事ができません。












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〔17〕


今年も思うような写真を撮る事が出来ませんでした。












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〔18〕


娘の求めにより訪れた作品。
すっかりこの作品があることを忘れていて、
昼食を摂った店のすぐ側にあったので立ち寄りました。

街中の二階にあった小さなスナックで繰り広げられる想像世界、
硝子窓にはフィルムが貼ってあり、
昼間であっても暗い空間となっていています。
天井から小さな灯りがたくさんぶら下がっていて、
その灯りがガラスに映り込んでいます。












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〔19〕


空間の両側に二列あり、
このような丸い照明が設えてあります。
そこに触手のようなビニールが装着されています。












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〔20〕


その丸い穴から空気が葺き出し、
触手のようなビニールが生き物のように動き出します。












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〔21〕



空気はプログラミングされて送られるので、
触手は順に動きます。
照明も合わさって点滅するので、
動きと光が相まって様々な光景が繰り広げられます。












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〔22〕


勢いよく空気が吐き出され、
触手が蠢いています。












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〔23〕


最大に空気が吐き出され。
最大に立ち上がっています。












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〔24〕


こうした光景は周期があり、
真っ暗になったり、
明るくなったり。
この光景を見るためにしばらく床にしゃがみ込んでいました。












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〔25〕


踊るように動きます。
この動きが見ていてとても楽しいのです。












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〔26〕


色も変わって次第に萎んでいきます。












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〔27〕


この空間の奥に、
このような装置がありまして、
これがこの空間を司っている心臓のように思いました。
実際にはどうなのかわかりませんでしたが。












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〔28〕


それにしても不思議な空間でした。

危うく見過ごすところでしたが、
娘に促された事に感謝しています。












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〔29〕


十日町の町から少し離れ、
小さなスキー場の傍らにある小さな木造建屋。
その古い階段を上ります。












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〔30〕


その階段途中、
階段の先上方を見上げます。












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〔31〕


階段を上り詰めたそこには、
このような空間が広がっています。












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〔32〕


壁一面に色鉛筆で描かれた葉っぱが貼り付けられています。
私は上方の黒い小屋組に気を惹かれています。












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〔33〕


頭上の空間が素敵です。
野地板裏にまで葉っぱが貼られています。
窓から差し込む光が映り、
小屋組の黒い木と、
裸電球の小さな照明が、
緑色の中に心地よくあります。












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〔34〕


小屋裏へと繋がる階段を登ると、
天井裏も葉っぱに埋もれていました。












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〔35〕


窓枠も、
葉っぱがで彩られていました。












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〔36〕


工作机の上。
こうした葉っぱが生まれる場所。












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〔37〕


実はここは、
自分でも作品の一部を作る目的で行きました。
この作品は二回前の芸術祭に初めて出会いましたが、
芸術祭に於いても数少ない体験することのできる場所。
そこでフロッタージュをするために今年も出掛けたのですが、
残念ながらこの日はフロッタージュをする事が出来ませんでした。
私としては目の前にある道具があれば何の説明もなくフロッタージュをする事が出来るので、
この芸術祭で唯一娘にも参加することが出来る場であり、
ここで一緒にフロッタージュをするのが今夏の芸術祭の一番の楽しみだったのでとても残念でした。












B 芸術祭2015(2-2) 22.JPG
〔38〕


材料も揃っていて、
これまでにフロッタージュを二回体験しただけに、
勝手にやってしまおうかとも思いましたが、
自重しました。

二階から降りる階段の途中、
天井裏に残された古い道具。
何故だか心がまた沈んでいきました。



八月二十三日(日) 撮影



この日二日目の芸術祭巡り。
一日目は二時間ほどの作品鑑賞だったので、
この日から本格的な芸術祭巡りとなりました。
ガイドブックを手に入れて、
妻と行きたいところをチェックしたところを巡るだけでも、
五回は足を運ばないと見て回る事ができません。
しっかりと計画を立てなければなりません。
従って一つの作品に多くの鑑賞時間を当てることが出来ません。
五歳の娘の一緒なので、
娘は興味を持たない作品ではどんどん先に行ってしまうので、
私もゆっくりと写真を撮る事が出来ません。
従ってしっかりとした写真になりません。
何度も足を運ぶことが出来たなら、
作品としっかりと対峙し、
腰の据わった写真を撮る事が出来るのですが、
大地の芸術祭ではそのほとんどが写真撮影可能というだけでも、
有り難いと思わなければなりません。



    *



日曜日の朝、
今日も色々と用事があって、
ブログ記事を仕立てる時間もこれにて終わり。
文章の校正をする時間もないため、
誤字脱字、
文章の不出来などはどうかご容赦下さい。












妻有 [心景]





 越後妻有 大地の芸術祭2015 一日目




三年に一度開催される「越後妻有 大地の芸術祭」、
今年の夏にも開催されました。
今年も夏の妻有大地を駆け巡ってきました。
今年は五回足を運び様々な作品を鑑賞してきました。
刺激的なアート作品と出会うことが出来、
私に取ってはとても充実した芸術祭となりました。

今回から、
その芸術祭の写真を記事にしていきます。
週に一度の更新ですから、
十一月末まではこの芸術祭の記事となる予定です。
記事ものんびりと仕上げていきますので、
どうか気長にお付き合いください。




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〔01〕












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〔02〕












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〔03〕












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〔09〕












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〔10〕












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〔18〕












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〔19〕












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〔20〕












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〔21〕












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〔22〕












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〔23〕












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〔24〕












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〔25〕












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〔29〕












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〔30〕












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〔31〕



七月二十六日(日) 撮影



初回の芸術祭は、
開催二日目の日曜日の午後に、
「松代能舞台」に的を絞って行ってきました。
諸事情で正味二時間ほどしかなかったので、
方々足を延ばすことが出来ませんでしたが、
此処は作品も多く、
当日はパフォーマンスもあったので充実した鑑賞が出来ました。
一眼二台体制で出掛けましたが、
一台にカードが入っておらず、
レンズ交換をしながらの撮影となってしまい、
機動性の掛けた写真撮影に気力負けし、
思うように写真を撮ることが出来ませんでした。
芸術祭初回からの失態。
この後も失態や不運がこの後も続くのでした。




    *



日曜日はブログ更新の日です。
今朝も五時前に起床してこの記事を書き始めましたが、
パソコンの無線LANが途中で切れていて、
更新ボタンを押したけれど記事を保存することが出来ませんでした。
その後無線LANに接続することが出来ず、
パソコンの設定修復を試みましたが、
私の浅いパソコンの知識では接続を回復することが出来ませんでした。
仕方なくパソコンを有線にてインターネットに接続しましたが、
我が家の様々な事情でまとも場所と姿勢でパソコンを使うことが出来ず、
長時間文章入力をすることが出来ず、
本記事の写真にコメントを付することが出来ません。
説得力の無い写真では写真の意味合いが伝わらないと思うのですが、
やむなく本記事は写真のコメントなしで更新します。
時間があればコメント付して再更新するかもしれませんが、
稚拙な文章が無い分、
自由に写真を見て頂きたいと思います。











妻有 [心景]





 2012 越後妻有「大地の芸術祭」の記憶 その八




私的な記事のため、
長大な記事となっています。
お時間に余裕のある方はお付き合い下さい。




芸術祭の記事を作ろうと思い、
写真整理をしていましたが、
ある作品の写真が見つからず、
これでは不完全だと思い作業を中断していました。
何度探しても見つからずいつしかこの記事の事も忘れ、
時折思い出しても気乗りせず三年近くの時が過ぎてしまいました。
ようやく重い腰を持ち上げ書き始めて更新し始めた所、
何かの拍子に探していた写真が先日見つかりました。

大地の芸術祭の記事の最後に、
その作品の写真と、
記事にはならなかった写真、
また、作品とは関係のない写真など全てを一つにまとめてみました。





A 芸術祭 24-79.JPG
〔01〕


公園の片隅に、
円錐形の鉄板を逆さまにして、
そこに水を張り鏡を浸します。
そうした物体が芝生の上に幾つか並べられていました。
その南側、
つまり、太陽がある方向には弧を描くように布が張られています。












A 芸術祭 24-06.JPG
〔02〕


その布の中に潜り込みました。
張られた布の南側にはこのようにたくさんの穴が開いていて、
そこから光が差し込みます。
布には星空のような模様が広がり、
芝生の上にも同様の模様が広がります。

そして、その真っ暗な布に、
外に置かれた水鉢の鏡から反射した光が七色に映っていました。












A 芸術祭 24-05.JPG
〔03〕


布の中には藁で作られた物体が吊り下げられています。
その七色の反射光に照らされる物体。
何を意味するのか解することはできませんが、
その精神性は何かしら伝わって来ます。












A 芸術祭 24-03.JPG
〔04〕


その物体に近寄って注視します。












A 芸術祭 24-04.JPG
〔05〕


七色の光を背景に、
その影を見つめます。












A 芸術祭 24-02.JPG
〔06〕


様々な関わり合いの中に、
自分の影を落とし込みます。












A 芸術祭 24-01.JPG
〔07〕


お決まりの自分の影を撮影して、
この場所に存在した自分を記録します。












A 芸術祭 24-07.JPG
〔08〕


場所が変わって、
この古い写真。
昔の人たちの集合写真。
皆硬い表情ですが、
これが良き日本人だと思います。












A 芸術祭 24-08.JPG
〔09〕


此処を構成する空間の全てが黒板になっています。
此処は教室なのですが、
そこに置かれた地球儀まで黒板になっていました。
此処を訪れた人は、
その黒板に自由に書き込むことが出来ます。












A 芸術祭 24-09.JPG
〔10〕


これは極私的な写真です。












A 芸術祭 24-10.JPG
〔11〕


何だか写りが悪いのですが、
建物を取り巻くビビッドな色の物体。
その色にカメラのセンサーも負けたようです。

此処は松代にある常設の会場。
子供が楽しめる場所もあって、
二歳の娘も楽しんでしました。



(平成二十四年)八月五日(日) 撮影












A 芸術祭 24-11.JPG
〔12〕


芸術祭の中心地は十日町にある「キナーレ」という施設。
その一部は芸術祭の常設会場もあり、
言わば芸術祭の核となる場所でもあります。












A 芸術祭 24-12.JPG
〔13〕


そこで展示されていた作品。
透明な箱の中に、
小さく切り抜いた銀色のシートあり、











A 芸術祭 24-13.JPG
〔14〕


その箱の底にはそのシートがたくさん積もっています。











A 芸術祭 24-14.JPG
〔15〕


その底から時折風が吹き出して、
この銀色のシートが箱の中を舞うという仕掛け。
意味など分かりませんが、
楽しい仕掛けです。
そして、この銀色が写真的にも好きで、
実際よりも随分暗く写真に撮って、
私も楽しませて貰いました。












A 芸術祭 24-15.JPG
〔16〕


光物が好きな習性。
光を切り詰め写す。












A 芸術祭 24-16.JPG
〔17〕


様々な場所で採取した土が入った採取ビン。
知ってはいても土にはたくさんの色がある物だと感心させられます。












A 芸術祭 24-17.JPG
〔18〕


理髪店の店先にあるあの三色の回転灯。
その中に入り込む感覚の作品。
此処は楽しい空間です。












A 芸術祭 24-18.JPG
〔19〕


口の字形状に建つ建物の中庭は、
普段水を貯めて池となっているのですが、
芸術祭の期間中、
水の代わりに古着で埋まっていて、
この一端にクレーンがあり、
そのクレーンが古着を掴んでは持ち上げは落とすという、
ただそれだけを繰り返すという作品。
不思議な空間に不思議な光景。

当然写真では伝わらないのですが、
古着の微妙な匂いが立ちこめていて、
その匂いがこの空間の雰囲気を引き立てています。















A 芸術祭 24-19.JPG
〔20〕


夥しい古着の数です。












A 芸術祭 24-20.JPG
〔21〕


掴んでは持ち上げ落とす。
ただひたすらその動作を繰り返しています。












A 芸術祭 24-80.JPG
〔22〕


二歳の娘はこの奇っ怪な光景を目の前にして、
しばらく立ち尽くして見つめていた。
何か心惹かれるものがあった様子でした。



(平成二十四年)八月十三日(月) 撮影












A 芸術祭 24-21.JPG
〔23〕


下手をすると二時間ほど列車がやってこない飯山線の「下条駅」。
芸術祭の登りと、
黄色い三角形の旗が青い空に栄えます。
心地よい風が吹き渡りその旗が揺れていました。












A 芸術祭 24-23.JPG
〔24〕


青い空に伸びる屋根。
実用的な空間を持たない建物の屋根。

青い空と雲を優先に切り取ると屋根の収まりが悪い構図となってしまいます。
空の色は良いだけに別の構図を探ります。













A 芸術祭 24-24.JPG
〔25〕


構図を優先すると空が今一つの表情になります。












A 芸術祭 24-25.JPG

〔26〕


仕方がないので萱に接近してみます。











A 芸術祭 24-26.JPG
〔27〕


雲が風に流され、
空と構図が折り合いました。












A 芸術祭 24-27.JPG
〔28〕


私のカメラが傾いているのではありません。
屋根葦は渦巻き状に葺かれているので、
必然斜めになるのです。












A 芸術祭 24-31.JPG
〔29〕


茅葺屋根の隣の作品です。
アジアの香り漂う屋根が空に伸びています。












A 芸術祭 24-28.JPG
〔30〕


その建物の中に入り込むと、
映画のフィルムで壁が作られていました。












A 芸術祭 24-29.JPG
〔31〕


アジア的な木像。












A 芸術祭 24-30.JPG
〔32〕


こちらもアジア的な木像。

それをアジア的な撮り方で望んでみました。

このような試みに至る思いがこの芸術祭の楽しい所です。












A 芸術祭 24-33.JPG
〔33〕


場所が変わってこちらは「フロッタージュ」の会場。

物体の上に紙を乗せ、
画材にてその物体の表面の文様などを浮かび上がらせるもの。

ここでは訪れた人もフロッタージュに参加可能で、
植物の葉を色鉛筆でフロッタージュすることができます。
出来上がった作品を切り取り、

窓から差し込む光に葉が浮かび上がります。












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〔34〕


フロッタージュした葉を一枚一枚切り取り、
それを壁に貼り埋め尽くします。










A 芸術祭 24-35.JPG
〔35〕


部屋の壁が外の風景と一体になって見えてきました。












A 芸術祭 24-36.JPG
〔36〕


場所を変えてこのフロッタージュは二回展示されていました。
今年もこのフロッタージュは展示されるのでしょうか。
もし展示されていれば、
二歳の娘は前回このフロッタージュに興味を示さず、
試してみることが出来なかったので、
今年はこのフロッタージュに興味を示し、
一緒にフロッタージュをやりたいと思っています。












A 芸術祭 24-37.JPG
〔37〕


私が負けた空間です。












A 芸術祭 24-38.JPG
〔38〕


古い民家の空間。












A 芸術祭 24-39.JPG
〔39〕


あるはずの無い物体が空間を占領していました。











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〔40〕


空間を埋め尽くすようにその物体は占領していました。












A 芸術祭 24-41.JPG
〔41〕


光りを閉ざしたその空間に冷たい金属の質感。












A 芸術祭 24-42.JPG
〔43〕


ステンレスのワイヤーが張られています。












A 芸術祭 24-43.JPG
〔44〕


この金属の質感が強すぎて、
私の心は閉ざされました。












A 芸術祭 24-44.JPG
〔45〕


興味を惹く空間なのですが、
空間と物体が異質過ぎます。












A 芸術祭 24-45.JPG
〔46〕


光りが少なく、
上手く写真に撮ることが出来ませんでした。

こちらの鑑賞は五名ほどの入れ替え制で、
時間が限られていました。
何かと自由が利かず、
思うように写真を撮ることが出来なかったのですが、
気持ちが乗らなかったのが一番の原因だったと思います。












A 芸術祭 24-46.JPG
〔47〕


ここも興味のある空間、作品でしたが。
その想いを写真に写すことが出来ませんでした。

帰宅してからもインターネットを使ってこの作品と関わる仕組みもあったのですが、
何がどうだったのかすっかり記憶が失われてしまいました。



(平成二十四年)
八月十五日(水) 撮影













A 芸術祭 24-64.JPG
〔48〕


あの日の空です。













A 芸術祭 24-65.JPG
〔49〕


芸術祭を駆け巡りながら、
こうして時折空を眺めます。












A 芸術祭 24-66.JPG
〔50〕


様々な作品を堪能しつつも、
こうした空の印象がまた深いのです。












A 芸術祭 24-68.JPG
〔51〕


九月初めの空ですが、
すでに秋の雲です。












A 芸術祭 24-69.JPG
〔52〕


今年も色々な空と出会えるでしょうか。



(平成二十四年)九月八日(土) 撮影












A 芸術祭 24-70.JPG
〔53〕


小さな小学校の校舎。
山深く小さな集落の分校だったのだろうか。
また、雪深い冬の間に通っていたのか。
その外壁には、
そこに住む人たちやそこに咲く花の写真を大きくプリントして、
外壁いっぱいに貼り付けてありました。












A 芸術祭 24-71.JPG
〔54〕


山村の風景。

家の周りに平らな所がほとんどありません。

見上げると、

緑色がいっぱいで目に優しくその色が染み込みます。












A8月6日 70.JPG
〔55〕


あの彫刻刀の鑿でただひたすら彫られた家の玄関口には、
蚊取り線香が焚かれ、
その煙が風に外に流れ出ていました。












A 芸術祭 24-72.JPG
〔56〕


玄関先にはススキが一輪ありました。












A 芸術祭 24-73.JPG
〔57〕


妻有の山里。
冬は早く、
雪深い。












A 芸術祭 24-75.JPG
〔58〕


妻有の風景。

この風景が懐かしい。












A 芸術祭 24-76.JPG
〔59〕


夏の青い空に白い雲が流れていた。
あの夏空が懐かしい。












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〔60〕


三年前、
娘、二歳。
当然ながら小さかった。
その姿も懐かしい。












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〔61〕


あの夏の良き思い出。

今年も一緒に駆け廻ろう。




(平成二十四年)九月十六日(日) 撮影




今年の大地の芸術祭が一月後に迫ってきました。
仕事が詰まっているので週に一回記事を更新するのがやっとでしたが、
何とか三年後に記事をまとめることができました。
撮影した写真すべての中からまとめ上げることができたので、
私的には満足であります。
今回この記事をまとめながら、
写真を撮ることに夢中で、
集中して作品を見ていないことに対し反省をしていました。
次回は写真を撮ることは控え、
もっとしっかりと作品と向き合おうなどと考えていましたが、
こうして記事をまとめ上げると、
写真があることで記憶に残ることも多いことにも気付きました。
さて、今年はどのように作品と向き合うか、
あとひと月の間に考えたいと思います。



長きに渡り記事にお付き合いいただきありがというございます。










妻有 [心景]




 2012 越後妻有「大地の芸術祭」の記憶 その七




山村にある一軒の民家。
既に主の居ないその家に現れたアート。




A8月6日 66.JPG
〔01〕


黒い床板。












A8月6日 65.JPG
〔02〕


窓から差し込む光に、
その黒い床板は光っているのですが、
そこには黒い模様があります。












A8月6日 63.JPG
〔03〕


その模様は板の組織に寄って、
また光の具合によって表情が変わります。












A8月6日 62.JPG
〔04〕


その模様は小さく波打っています。
その曲線が美しい。












A8月6日 67.JPG
〔05〕


それは小魚が群れをなして泳いでいるようにも見えます。












A8月6日 68.JPG
〔06〕


板敷きの部屋一面にこの模様が広がっているので、
望遠レンズでは何処をどう切り撮ろうか迷います。












A8月6日 69.JPG
〔07〕


望遠レンズではファインダーを覗いても、
模様の何処を撮っているのかよくわかりません。












A8月6日 64.JPG
〔08〕


目を床から上に移せば、
露わになった小屋組の梁にも、
その模様が蔓延っています。












A 芸術祭 51.JPG
〔09〕


黒い世界から一転白い世界へ。
白壁にもその模様がありました。












A 芸術祭 52.JPG
〔10〕


壁に寄り添う柱にもありました。












A 芸術祭 53.JPG
〔11〕


床から建具まで。
どの部屋にも現れます。











A 芸術祭 54.JPG
〔12〕


隙などなく、
何処から何処までも現れます。












A 芸術祭 24-67.JPG
〔13〕


勿論、
二階の板の間にも。

一軒丸々この模様が覆い尽くしています。



熱いアート作品に包まれ、
ここから眺める妻有の山村風景が気持ちよかった。



(平成二十四年)九月八日(土) 撮影




  「脱皮する家」

     作:鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志




作者はただひたすらに彫り、

写す私はただひたすらに撮りました。


お気付きの通り、
この模様は彫刻刀



古民家一軒丸ごと、
何もかもただひたすらに彫刻刀を突き刺し、
建築部部材全てを彫り尽くすという作品。

そのひたむきな想いと、
完成させるまでの労力に共感を得ました。



    *



なお、この家は、前回芸術祭が終わったも存在し、
現在、宿泊することができます。
興味のある方、
宿泊を希望される方は下記をご覧ください。

http://www.echigo-tsumari.jp/facility/stay/sheddinghouse